東方文化研究所『龍門石窟の研究』の注記によると、第十二洞は老龍洞とよばれるほか、王公路洞、あるいは公路洞、また大洞とか郭愛洞の名で呼ばれ、岩田のいう「覚愛洞」は「郭愛洞」の譌かと述べる。